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日々のできごと

ありがとう。

毎度、次の休みの日には絶対アレを食べに行こう!と決めているMOYでございますriceball

 

飲んだり食べたり好きな割には、あんまりこだわりがないもんで

 

どこそこのアレが食べたい!とかってあんまりないんですけど

 

まして並んでまで食べるとかほんまにしないんですが

 

この間、知り合いの人がインスタに載せていた

 

なんちゃら担々麺がめっちゃ美味しそうやったんで

 

食べに行こうと思います!!

 

そして、ビールをグビグビ飲んでやろうと思っています。

 

 

 

 

さて。

 

 

愛宕山シリーズを終えてから、書こうと思っていたことがひとつ。

 

 

愛宕山に登った次の日の夕方、十五年一緒に暮らした我が家の猫が永眠しました。

 

 

名前はまありん、メス。

 

 

長女の名前に寄せてつけた名前です。

 

 

まだ死んでしまってから日も浅いので、ふとした拍子に思い出しては寂しさと向き合う毎日です。

 

 

私はこのブログにも滅多と猫のことを書いていないことでわかるように

 

 

そんなに溺愛していたわけではなく、本当につかず離れずの関係でした。

 

 

それでも、ずっと一緒にいた存在がある日を境に居なくなるという寂しさは

 

 

この年になっても何度も経験することではないだけに、寂しさを受け入れる

 

 

寂しさと向き合うということを自分なりにこなしています。

 

 

ロフトにつづくはしごを登れなくなったり

 

 

本当に一日中寝てばかりいるようになったり

 

 

年を取ったなぁ・・と思うようになったのはここ一年くらいかなぁ。

 

 

それでも食欲はあったし、老猫なりに元気にしていました。

 

 

ある日、突然、腰が抜けたように歩けなくなって慌てて病院に連れていったのが二か月位前。

 

 

でも結局、また普通に歩けるようになって、さほど心配もしていませんでした。

 

 

それが、一ヶ月位前の深夜、次女の慌てた声で目が覚めました。

 

 

ソファで寝ていたまありんが四肢をばたつかせて、痙攣というか発作のようなものを起こしていました。

 

 

瞬時に「もうダメかも・・」と思いました。

 

 

あちこち救急を探しましたが、時間的に市内で診てもらえるところはなく

 

 

息も荒く、今にも死んでしまいそうなまありんを家族で囲んで朝方まで見守りました。

 

 

翌日、かかりつけの病院に連れて行くと、腎臓と肝臓の数値がかなり悪いとわかり

 

 

「年も年だし、治療のしようがない」と言われました。

 

 

悩みましたが、この頃には食も細くなっていて、痩せた体に注射をしてもらうのも憚られ

 

 

結局、あえて治療はしないと決めて見守ることにしました。

 

 

ここ一ヶ月は、毎日のように「今日がその日」かもと思いながら

 

 

かと言って、24時間そばについているわけにもいかず

 

 

どこかへ出かける時には毎回、心の中でありがとうとお別れを言っていました。

 

 

夜中もやはり気になって眠りが浅く、目が覚めては「息をしているか」確認する毎日でした。

 

 

二週間前位からはえさもほとんど食べなくなりました。

 

 

鼻先にエサを持って行っても、見向きもしなくなりました。

 

 

名前を呼んでも、弱々しく鳴くか、まったく反応がないか。

 

 

水だけは、まだ自力で飲んでいました。

 

 

店の前をウロウロしていたまだ子猫だったまありんを拾ったのは母、

 

 

動物好きな母はとてもまありんを可愛がっていました。

 

 

入院している母に、まありんの具合が良くないことをなかなか伝えられずにいたのですが

 

 

亡くなる三日前に急遽、母の外出許可をもらって、自宅でまありんと久しぶりに会いました。

 

 

母が「まありん」と呼ぶと、「にゃあ」とハッキリ一声鳴いて、体を起こして母の元へ向かいました。

 

 

愛宕山に登る時も、もしかしたら帰ってきたら、息を引き取ってるかもと思い

 

 

もう何回目かになるお別れを言って出発しましたが、まありんはまだ生きてくれてました。

 

 

そして、その翌日の夕方。

 

 

木曜日で私は休み。

 

 

夕方、ソファで寝ているまありんを背にテレビを見ていました。

 

 

すると急に背後で「ひゅっ」という声が。

 

 

振り返るって見ると、また「ひゅっ」としゃっくりのようなものをし出しました。

 

 

そしてそのしゃっくりとしゃっくりの間の呼吸が浅くなっていることに気づき

 

 

もしかして、とうとうその時が来たのか・・・と思いました。

 

 

そのまま5分か、10分位だったかもしれません

 

 

同じような状態が続き、私はただ見ていることしかできませんでした。

 

 

呼びかけても反応は全くなく、

 

 

そして、最後に小さく前足を動かして、静かに、本当に静かに息を引き取りました。

 

 

しばらくは本当に死んでしまったのか確信が持てず、息をしていないか何度も確認をしたり

 

 

頭や体をなでて、呼びかけてみましたが、やっぱり本当に死んでしまったようでした。

 

 

下にいたじーじを呼ぶと、

 

 

「まだ、息してるやん」というので、「え!?」となり

 

 

また確認するも「してへんやん」と私がいうと

 

 

「してるやろ」と。

 

 

泣きながら「してへんやん」

 

 

「してへんか?してるやろ」を繰り返し

 

 

最後に「ほんまやな・・・・してへんな」と。

 

 

それから、出かけている家族みんなに連絡をしました。

 

 

その夜はみんなでまありんを囲んで、ゆっくりそれぞれお別れをしました。

 

 

23歳と18歳の娘たちがまありんと出会ったのは、それぞれ8歳と3歳位のとき。

 

 

人生のほとんどを一緒に過ごしてきた彼女たちにとっては

 

 

大きな大きな存在で、彼女たちのそばにはいつもまありんがいてくれました。

 

 

時に三姉妹の長女のように甘えさせてくれ

 

 

時に末っ子のように甘えてきたまありん。

 

 

たくさんの愛を娘たちにくれて

 

 

そして娘たちもまありんを通して愛を知ったと思います。

 

 

 

 

覚悟を決めてから一ヶ月ほど、その間、トイレを失敗するようなことはほんの一、二回で

 

 

死んでしまう二日前までフラフラになりながらも自力でトイレに行き

 

 

最後も苦しむ姿を見せずに、休みで家にいる時に看取らせてくれた

 

 

本当に親孝行な子でした。

 

 

ありがとう以外に言葉がありません。

 

 

 

二階のリビングの戸をあけると、いつもいたソファに姿がないことにまだ慣れません。

 

 

外出先でも「ふと、大丈夫かな?」と気にかけていたクセが抜けません。

 

 

寂しく感じますが、同時にあたたかい気持ちにもさせてくれます。

 

 

 

 

長生きしてくれてありがとう。

 

 

上田家に来てくれてありがとう。

 

 

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