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日々のできごと

ちょっと聞いて。

毎度、一番手間のかかる仕込みを一番最後にする元お米屋の嫁でございますriceball

 

 

だいたい、仕込みの順番って決まっていて。

 

 

最初は「エビ」からスタート。

 

 

なんでかわからんけど、最初はエビです。

 

 

それから、「豚」「牛」と続き、合間にお湯を沸かしおでんの玉子を茹でたり。

 

 

そして、玉ねぎやしいたけ等の野菜を刺しまくり

 

 

何故か最後に一番時間のかかる「ささみチーズ」「ささみ生姜」に入ります。

 

 

俗に言う「ささチー」「ささ生」です。

 

 

一番、時間がかかるので最初に終わらせたら楽なんだろうなと思うんですが

 

 

何故か一番最後にやる習慣になっています。

 

 

早く夫にこの一番手間のかかる「ささチー」「ささ生」を作ってもらいたいと切に願います。

 

 

 

 

 

さて。

 

 

ちょっと聞いてもらえますか?

 

 

愚痴です。

 

 

愚痴っていうか、もう、悪口です(笑)

 

 

ここだけの話でお願いします。

 

 

 

 

 

 

じーじの話です。

 

 

ほんっまに、何回も書いてますけど、うちのじーじほど

 

 

外での評判と家族の評判が違う人おらん思う。

 

 

もうね、お客さんとかご近所さんには「ほんま優しいおじいちゃんやねー」って言われてます。

 

 

実際、そうなんだと思います。

 

 

うちでも孫に優しいのは事実です。

 

 

優しいいうか、わかりやすくいうと「飴と鞭」の「飴」しかない、みたいな。

 

 

 

 

ほんの二、三日前のこと。

 

 

朝、いつものように次女のお弁当を作っていたんですね。

 

 

うっかり、フライパンを強火にかけたままにして、二階に物を取りに行ってたんです。

 

 

換気扇も回してなかったので、ちょっとの間に煙が充満してしまい

 

 

私が階段を降りてくる途中で、突然、音が!

 

 

 

 

「ウィンウィンウィン!!ウィンウィンウィン!!」

 

 

 

いや、こんな音ちゃうかったな

 

 

「ピコーンピコーンピコーン!!」

 

 

ん?なんか違う

 

 

「キュイーンキュイーンキュイーン!!」

 

 

いや、あれ?

 

 

「ぴろぴろりーん ぴろぴろりーん」

 

 

 

 

 

 

音はどーでもいい。

 

 

とにかく、台所の天井についてる火災報知器がけたたましく鳴ったんです。

 

 

うち、台所のすぐ隣の部屋でじーじが寝てるんですね。

 

 

しかも猫が出入りするために戸もいつも少し開けてあるんですけど

 

 

この警報機の音、じーじ、全く聞こえてなかったみたいで。

 

 

階段を降りて、慌てて換気扇回してる間に、3、4回は繰り返し鳴ってたんですね。

 

 

「あー、じーじ、起こしちゃったなぁ・・・」って思ったんですけど、

 

 

全くのノーリアクション。

 

 

「え?」と思って、しずかーに部屋を見に行ったら、普通に寝てて。

 

 

 

 

 

あの、音が聞こえないって・・・・・

 

 

報知器の意味・・・・

 

 

 

 

ほんで、その日、じーじが起きてきてからその話をしたんですね。

 

 

「朝、火災報知器鳴ってたん、知らんやろ」って。

 

 

「へぇー、そんなん鳴ってたんか」

 

 

「あの音、聞こえへんって相当やで」

 

 

「そら、寝てたしや!」

 

 

「いや、寝てても起きるわ、普通」

 

 

「よう、寝てたんやわ」

 

 

「いや、どんなによう寝てても、起きるから!」

 

 

「いや、よう寝てたら聞こえんで」

 

 

「そんだけ耳聞こえてへんってことや!!」

 

 

(ヘラヘラ笑って何もいわず)→コレ、めっちゃ腹立つ

 

 

「ほんまに火事になっても、逃げ遅れるわ!!」

 

 

「そやろかー」(withへらへら)

 

 

 

そ・や・ね・ん!!!

 

 

 

逃げ遅れたらええねん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チッ!!

 

 

 

 

 

ほんまに何回も言うけど、補聴器買ったお金返して欲しい(これを一番に言いたい)

 

 

ほんっま、この耳が遠いことを絶対に認めない頑固さを表す単位があるのなら教えて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

あと、まだあるんですけど。

 

 

今、じーじのためだけに食事の用意をすることとかもよくあって

 

 

そんな時、「もう適当にするしほっといてやー」とか「悪いなぁ」とか言うんですけど

 

 

昨日も、お昼に煮魚と玉子焼きを用意したんですね。

 

 

そしたら、その煮魚と玉子焼きには一切箸をつけず

 

 

玉子がけごはんをして食べてたのを見て、

 

 

もう、ほんまほっとこー思いました。

 

 

 

 

現場からは以上です!

 

 

今の生活について。

毎度、もう時代に着いて行けてない元お米屋の嫁でございますriceball

 

 

ペイペイだか、パイパイだか知らんけど、

 

 

キャッシュレス時代が当たり前になるんですかね。

 

 

私はやっぱり目に見えるお金じゃないと不安です。

 

 

若い子を真似てみても、所詮、おばさんなんだと実感した出来事もありまして。

 

 

一応、インスタもやってるんですけど

 

 

2,3日前、アップした記事に娘の友達からコメントが入っていて

 

 

「タグ付けになってないよ」って。

 

 

よくわかんないんですけど、#のサイズが違ってたみたいです。

 

 

今までの投稿のほとんど、タグ付けになってませんでした・・・・・

 

 

ただの#好きおばさんになってた。

 

 

ほんと、やんなる。

 

 

娘にこの話をしたら

 

 

「あー、おばさんあるあるやな!」って言われました。

 

 

しゃあないやん、おばさんやもん!!(逆ギレ)

 

 

 

 

さて。

 

 

 

お米屋を10月末で閉めてから、早いものでもう一か月以上過ぎました。

 

 

それで、最近、よく聞かれることがあります。

 

 

 

「何、してるの?」

 

 

 

 

 

きっと皆さん、私の生活が劇的に変わったと思ってるんでしょうね。

 

 

 

実際はそうでもないんですYO!

 

 

 

もちろん時間的にゆとりもできましたし、その分、気持ちも前みたいにセカセカしてないです。

 

 

でも、もう、暇でしゃあない、とかそんな感じでは全くなく。

 

 

まず、朝は今まで通りです。

 

 

次女がまだお弁当なので、起きる時間とかは変わってないです。

 

 

買い出しに出る時間も今まで通り。

 

 

仕込みは今までほぼ私が一人でしていたのを、夫と分担するようになったので

 

 

半日がかりだったのが、お昼過ぎには終わるようになりました。

 

 

なので、お昼から夕方までは、ゆっくりしています。

 

 

「久しぶりに園子さんに会いたいなー」と思ったら、連絡ください。

 

 

お茶する位の時間はあります。

 

 

「園子さん、どうしてるかなー」と思ったら、連絡ください。

 

 

ランチする位の時間はあります。

 

 

「園子さんと美味しいお酒が飲みたいなー」と思ったら、連絡ください。

 

 

年内はちょっと難しいかもしれませんが、新年会をしましょう。

 

 

「園子さんの顔みたいなー」と思ったら、連絡ください。

 

 

LINEで画像、送ります。

 

 

 

 

 

 

 

寂しいねん(笑)

 

 

 

 

 

 

お店やめてから、気が付きました。

 

 

「お店やめるって、今まで会えてた人と会えなくなるってことやねんなぁ」って。

 

 

そういう当たり前だったことがなくなって、人恋しくなってます(笑)

 

 

当たり前のことなんて、ほんまにないんですよね。

 

 

ありがたいことだったんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しんみりしてしまったので、最後に未だQueenに影響されている画像でお別れ致します。

 

 

20181210155337.jpg

 

2018121015543.jpg

 

20181210155445.jpg私は元気です。

 

 

 

 

 

 

やっちゃん、来る!

 


毎度、じーじと二人無言の夕食をとることが多い元お米屋の嫁でございますriceball

 

 

二か月超の入院生活のあと、お米屋も閉めて

 

 

じーじは大丈夫だろうか・・・とちょっと心配したんですけど

 

 

お陰様で元気にしております。

 

 

でも、そうそう話す話題もなく、お互い無言でひたすら食べるという時も珍しくありません。笑

 

 

外でじーじを見かけたら、どうか話しかけてあげてください!!

 

 

ボケられると、嫁が困りますんで!!

 

 

 

 

さて。

 

 

この間、北海道から元上司が会いに来てくれました。

 

 

私は京都の短大を卒業してから、地元の北海道・旭川に戻り

 

 

結婚するまでの三年ちょっとホテルの営業課で働いていました。

 

 

その当時の上司が奥さんと二人で京都に旅行にきて、わざわざ串かつ屋にも来てくれたんです。

 

 

会うのはめちゃめちゃ久しぶり。

 

 

2018124192822.JPGホテルの営業課というと、結婚式や宴会をとってくるのが仕事。

 

 

私たち女性は内勤で、サロンでお客様と打ち合わせをしたり

 

 

営業マンがとってきた宴会の伝票を調理場や宴会場などの各部署に回すのが仕事。

 

 

内勤女性の新人の仕事には「変更」という仕事があって、これが一番大変だった。

 

 

今でこそ、パソコンのキー一つで各部署に変更の連絡も行くんだろうけど

 

 

うちらの時代は「足」で変更にまわって歩いてた。

 

 

例えば、宴会の人数が一人減ったとする、

 

 

そうすると、調理場に行き、「一人減りました」と報告し伝票を赤ペンで直す、

 

 

今度は宴会場に行き、「一人減りました」と言って、セットの図面を赤ペンで直す、

 

 

経理にも行って、数字を赤ペンで直す。

 

 

この「変更」が例えば前日とか当日とか、間際であればあるほど、調理場では叱られ、

 

 

もう会場のセットが済んでいれば宴会場でも「チッ」と舌打ちをされる。

 

 

別に宴会の人数が減ったのはうちらのせいではないんだけど、それでも嫌な顔をされる。

 

 

「お前ら営業はいいよなー、宴会とってきたらいんだから」と何回言われたか。笑

 

 

うちら営業の女子の制服の胸ポケットにはいつも赤ペンが刺さっていた。

 

 

「変更」は本当に嫌な仕事で、大抵の新人はこの「変更」で泣くのが恒例だった。

 

 

この「変更」が多いのが、何故かYさんがとってきた宴会だった。笑

 

 

Yさんが串かつ屋に来てくれたときもこの話になって、

 

 

「俺の宴会、変更多かったよなー」って。

 

 

「ほんまそれ!!」

 

 

 

あーーー、懐かしい。

 

 

ほんとに懐かしい。

 

 

私はあの「変更」作業で結構鍛えられたと思う。

 

 

今でも覚えている。

 

 

入社して、先輩に付いてもらって仕事を覚えて、やっと一人で変更とかにも回るようになってしばらくした頃

 

 

初めて洋食の調理場で大声で怒鳴られて。

 

 

「お前らは簡単に『一人減りました』とか言うけどな、ここで働いてるみんなは朝早くから

 

 

お前ら営業が回すこの伝票一つを頼りに仕事してるんだっ!!」

 

 

それまでも変更に言って「減りました」って言うたびにいい顔はされてなかったので

 

 

感じてはいたんですけどね、人数減るって言いにくいわぁ~って。

 

 

でも、ちゃんとはわかってなかったんですよね。

 

 

自分らの回す伝票の重みが。

 

 

それ一枚で、何十人という調理場の人が動いてるっていう事の重大さを。

 

 

今までの新人やったら、ここが泣く場面やったらしいです。笑

 

 

でも、私は、この時言われた言葉が重すぎて、泣くのを通り越して「チーン」ってなってて

 

 

とぼとぼ調理場を後にしたんです。

 

 

 

 

 

 

そしたら、その私を怒鳴った副料理長が営業課に来て、私の上司に向かって

 

 

「なんだ、あの今年入った新人は。泣かなかったぞ」って言うてたらしいです。

 

 

そして、後日、その副料理長が私に言いました。

 

 

「人数減るのはお前らのせいじゃない。そんなことはわかってる。

 

 

でもな、あそこで俺が一言いわないとな。朝早くから働いてる調理場の奴らも気持ちもわかってくれ」

 

 

副調理長も怒鳴りたくて怒鳴ってるわけじゃない。

 

 

現場の声を代弁してるんだなぁって、わかりました。

 

 

 

 

 

ホテルで勤めたのは三年ちょっとやったけど、本当に楽しかった。

 

 

今、65になったYさんも、私が入社した頃はまだ三十代後半だったんだってことに気づいて

 

 

今の自分がとっくにその年も追い越していることにびっくり。

 

 

いつも飲み会ではベロベロになってたYさんやけど

 

 

優しくて、仕事は真面目で、面白くないギャグを連発して

 

 

うちら内勤の女性陣にとっては、距離が近くて、存在が大きい人だった。

 

 

よく上司が若い営業マンたちに「お前ら、Yを見習え!」って言ってたのを覚えている。

 

 

その位、マメにお得意さんのところに顔を出していたんだと思う。

 

 

 

ひっさしぶりにあったYさんは昔と変わらずギャグを連発して

 

 

飲んだら目が座って、得意の腰振りダンスも健在で、ほんとに会えてうれしかった。

 

 

2018126105342.JPG201812610543.JPG二人でこの写真を撮った後、Yさんの目がウルウルしているのに気が付いた。

 

 

涙もろいのも健在やった。笑

 

 

 

いつもこのブログも読んでくれているらしい。

 

 

Yさん、会いに来てくれてほんとにありがとうございました!!

 

 

また会える日を楽しみにしています!!

 

 

・・・って、またコレ読んで泣かんといてなーーーー!!

 

 

 

友、来る。

毎度、ブラックコーヒーを飲みながら「大人になったなー」と思っている元お米屋の嫁でございますriceball

 

いや、もう充分オトナなんですけどね。

 

最近、家で飲むコーヒーはブラックが多いです。

 

2018121151217.JPGそれにしても、コーヒーって、ほんま苦い飲み物ですよね。笑

 

全然知らんくていきなり飲まされたら、ただの毒やと思うわ。

 

ビールも然り。

 

小さい時に、大人が飲んでるビールの泡とかペロッて舐めて

 

オエーーーーーーーとかなってたのに

 

今なんて自転車乗って汗かいた後のビールなんて、この世で一番うまい!って思うもんな。

 

この一口のために生きてる!とさえ思う。

 

いつも思うけど、ほんま初めて飲んだり食べたりした人ってすごいなー思う。

 

チーズとかも確かたまたまできたんですよね?

 

「くっさー」ってなりますよね、普通。

 

でも、食べてみよ、って思うのが凄い。

 

この話、ながなりそうやから、この辺でやめとくわ。

 

 

 

さて。

 

 

先日の話。

 

 

小学校時代からの友達で今は東京に住んでいるN子が遊びに来てくれました。

 

 

考えてみたらもう40年の付き合い。

 

 

すごいな。

 

 

勤続二十年のお休みをもらったらしく、大好きな京都へ遊びにきてくれました。

 

どうしてN子が京都が好きかというと、めちゃくちゃ歴史、特に幕末が好きだからです。

 

それもだいぶ大人になってから好きになって、今はガイドさん並みに詳しい。

 

だから、私が京都に住んでいることについて

 

「あんた、わかってる?すごいところに住んでるってことを!!」と何度も言われました。

 

「伏見だって凄いんだよ~、そこかしこに歴史が・・・・」って熱く語ってました。

 

幕末が好きで、龍馬が好きで、あと仏像もめちゃめちゃ好きで

 

そんなN子いわく「仏像は東寺が一番!」らしいです。

 

二年位前に一緒に東寺に行った時も、仏像の前でフリーズしてたわN子、本気で瞳をうるませて。

 

 

 

 

ほんで今回は三泊四日で来たんですけど、私もお米屋をやめて昼間は比較的ゆとりがあるので

 

「お昼も少しなら観光付き合えるよ~」って言ったんですが

 

「昼間はあちこち真剣に回るから!」とさり気なく断られました。笑

 

とにかく行きたいところ、観たいものが山盛りのようでして

 

一人ゆっくり気兼ねなく見て回りたかったのでしょう。

 

 

京都に着いた日の夜は私は串かつ勤務で、N子がお店に食べに来てくれたんですが

 

仕事上がりに近所の居酒屋に一緒に飲みに行ったんですね。

 

そこで、N子が興奮気味にその日回ったところの感想や

 

明日はどこへ行こうとか、あそこの仏像はいい!とかそんな話をしていたら

 

カウンターに座っていた私も顔見知りの常連さんが

 

「もし、良かったら」と、なんと、東寺のライトアップのチケットを下さったんです!!

 

大声で話してみるもんですね!!(迷惑極まりない)

 

 

私も京都に住んでいても、ほんっっとに観光とかしなくて

 

こうして友達が来てくれた時に一緒に行くくらいで、

 

もちろん紅葉のライトアップなんてほとんど見に行ったこともなく。

 

 

 

 

 

当日。

 

 

夕方早めにN子と待ち合わせて、ちょっと観光したりお茶したり。

 

東寺のライトアップが6時半からだったんですが、着いたのが開門の15分前。

 

 

 

もう、奥さん、びっくりですわYO!

 

 

 

そら、すんごい人でした。

 

 

 

多分、生まれて初めてあんな長い行列見た、間違いない。

 

 

行列の最後尾を求めて歩くも、全く終わりが見えてこない。

 

 

ほんまに大袈裟やなく、延々と続いてて、途中からもうヘラヘラしてたもん。

 

 

ほんでやーーーーーーーっと、「最後尾」って札持ってる人が遠くにちっさーーーーーーーく見えてきて。

 

 

201812115464.JPGこの写真では全くおわかりいただけないと思いますが、とにかくすんごい人でした。

 

 

ごはんのお店を8時に予約していたんですが、間に合うかなぁ~と不安になるほどでした。

 

 

でも、いざ開門すると思っていたよりも、早く中に入れました。

 

 

 

 

チケットを下さった方も「ここ二、三日が一番見頃やと思います」って言うてはったんですが

 

 

ほんまにキレイでしたshinemaple

 

 

並んだ甲斐がありました。

 

 

201812115499.JPG2018121154932.JPG塔が下の池に写っています。

 

 

2018121155024.JPGN子が五重の塔を見上げながら言いました。

 

「鳥羽伏見の戦いの時、隆盛さんがこの塔の五階から伏見の戦局を見ていたんだよ、凄いと思わない?」

 

私は西郷さんを「隆盛さん」とよぶN子が凄いと思いました。

 

 

 

まぁ、でもほんとに普段は何も考えていませんが、N子の言う通り

 

歴史ある京都にはそこかしこに教科書で習ったことの跡が目の前にあるんですよね。

 

紅葉のライトアップを見た後は、N子が大好きな仏像を見て回りました。

 

 

 

N子はもう何回も見ているというのに、建物の中に入るなり

 

「ダメだ・・・ちびりそう・・・・」と感動していました。

 

ちゃんとパッドをあてておくように。

 

 

あの仏像を見た時の、全て見透かされている感ってなんなんですかね?

 

「ごめんなさい」って謝りたくなる。

 

「煩悩の塊でやんす」って言いたくなる。

 

 

 

 

時間ギリギリまで仏像を見て回り、バスに乗って街中へ。

 

どんぴしゃ、予約していた時間に到着。

 

N子リクエストにより和食のお店にしたんですが

 

美味しいお料理と日本酒で満足、満足~~~~~

 

20181211672.JPG気さくな大将とパチリ。

 

 

 

 

そして、この後は祇園のスナックに行き、

 

兄のボトルで飲みながら、カラオケを楽しみました。

 

N子はここでも「レキシ」の歌をうたっていました。

 

兄へ・・・・ツケはしていないから、安心してくれ。

 

 

 

 

N子は帰りの日、旅の締めくくりに一人飲みながら

 

三泊四日を振り返って、感動して泣いたらしい。

 

感受性豊かな48歳。

 

 

私も楽しかったよ、ありがとう!!!

 

 

 

 

 

そうそう、たまたま宝くじ売り場の前を通った時に、

 

キャリーオーバーが20億円っていうのを見て

 

私がN子に20億あったら何に使うって聞いたら

 

「酢屋に全額寄付して、建物の維持費に使ってもらう!!」って即答してました。

 

因みに、「酢屋」というのは京都の街中にある木材商で

 

その昔、坂本竜馬らが隠れ家(海援隊の事務所的に)として使っていた場所です。

 

 

 

ハイ、どんだけ~~~~~~~~!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰省~最終章

毎度、この間、学生時代に通っていた喫茶店に行って感激したお米屋の嫁でございますriceball

 

 

私が通っていた短大に続く通称「女坂」の途中にある喫茶店。

 

 

今でも、昔と変わらぬ佇まいでそこにあります。

 

 

女坂は卒業後も何回も通ってるけど

 

 

その喫茶店に入ったんはほんま学生の時以来かも。

 

 

懐かしかったーーーー

 

 

プリンも昔ながらのちょっと硬めのプリンで美味しかったです。

 

 

 

 

 

さて。

 

 

ダラダラ続いてほんますんまへん。

 

 

帰省ネタの最終章です。

 

 

町内のK様、更新の間隔が空いて申し訳ございません。

 

 

お正月並みに食べまくった今回の帰省。

 

 

いよいよ、最終日となりました。

 

 

弟が千歳空港まで車で送ってくれるというので

 

 

途中、長いこと会っていない叔父夫婦の所によって欲しいと頼みました。

 

 

お昼過ぎ、実家に別れを告げ出発。

 

 

旭川から走ること一時間余り、岩見沢で高速を降りて、そこから十五分ほど。

 

 

懐かしの風景が見えてきました。

 

 

訪ねた叔父宅は母の弟夫婦のところ。

 

 

私にとっては子供の頃から、思い出があり過ぎる場所です。

 

 

たまに実家に帰っても、叔父のところまではなかなか行けなくて

 

 

ほんと会うのはめっちゃ久しぶり。

 

 

迎えに出てきてくれた叔母と思わずハグして泣いちゃった位、うれしかったです。

 

 

この叔父夫婦のことを書き出すと、思いがあり過ぎて止まらなくなるので、

 

 

また別の機会に書きますが、多分、姉である母や他の人たちからしたら

 

 

「変わり者の厄介な人」に違いない叔父ですが

(ごめん、おじさん。まぁ、このブログも見てへんやろし大丈夫)

 

 

私にとっては小さい頃から可愛がってくれた大好きな叔父なんです。

 

 

20181129182537.JPG小さい時は、夏休みや冬休みの度に

 

大人になってからは友達を連れて遊びに行ったり。

 

ここに連れて行った友達は一人や二人じゃない。

 

久しぶりに会えて、ほんっとに嬉しかった。

 

 

弟も一緒に昔の思い出話で盛り上がり、楽しい時間はあっという間に過ぎました。

 

 

別れの時、叔母さんが車を追いかけて私の手を握りに来たので

 

 

 

 

もう・・・・・・

 

 

 

 

泣いてしまうやないか・・・・・・

 

 

 

48になっても、この二人の前ではいつまでも子供です。

 

 

また会えるのを楽しみにしています。

 

 

20181129183144.JPG暮れ行く北の大地を見ながら、空港へ向かいました。

 

 

 

 

空港に着いてお土産とかを買ったりして、さぁ、そろそろ荷物預けようってカウンターに並び

 

何気なしに出発予定の掲示板見たら・・・・・

 

 

 

 

 

 

え・・・・?

 

 

 

ま、まさかの・・・・

 

 

 

まさかの・・・・・

 

 

 

 

 

 

「千歳ー伊丹・・・欠航」

 

 

 

うそん。

 

 

今まで何度となく飛行機に乗ったけど、欠航って初めてやわ。

 

 

「ははぁん、これが人生には三つあると言われる坂の内の一つ、まさか、だな」

 

 

そう思いました。

 

 

しかも、天候不順とかではなく、なんかメンテナンスが間に合わないとかなんとか。

 

 

結局、伊丹ではなく、関空行きの便に振り替えられました。

 

 

それでお詫びとして現金2000円と空港内で使える汚職事件って変換されたけど

 

 

お食事券な、1000円分のを頂きまして

 

 

予定よりは遅くなりましたが、無事、関空に到着。

 

 

ほんで晩御飯も食べてなかったのでお腹減ったし、頂いたお食事券でなんか食べよーって思って

 

 

よくよく、券を見たら・・・・・

 

 

千歳でしか使えない券やったって話。

 

 

この日、二回目の「まさか」やったわ。

 

 

 

 

 

関空からはるかに乗って、京都の自宅に着いたのは11時半頃。

 

 

 

 

あっという間やったけど、充実して楽しい帰省となりました。

 

 

実家のみんな、友達、おじさん、みんなありがとう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰省その④

毎度、最近、ソファで朝まで寝られるようになった元お米屋の嫁でございますriceball

 

 

全く、自慢にもならないんですけどね。

 

 

前はうっかりソファで寝てしまっても、夜中に目が覚めて

 

 

ベッドに移動していたんですが、最近は気が付くと朝方です。

 

 

そろそろおこた(コタツ)の季節ですね。

 

 

おこたを出したら9割方、そこで寝てしまうので、去年は出さなかったんですけど

 

 

今年はどうしようかなーーーーって言うのが、目下の悩みです。

 

 

 

 

 

さて。

 

 

「ブログ、更新の間隔が空くと、読む気がなくなる」と実家の母からLINEがきておりましたが

 

 

そう言われましても、こんなブログでもなんやかんや書くのに小一時間かかるわけでして

 

 

すみませんが、気長にお付き合いください。

 

 

父への「段ボールからこんにちは」大作戦も大成功に終わり、

 

 

夕方までは実家でまったり過ごしておりました。

 

 

しかし、どうして母親というものはあんなに食べ物を食べさせたがるのでしょうか。

 

 

一日目の夜は地元の友人と会う約束をしていたので、お腹は減らしておきたかったのに

 

 

「〇〇食べるかい?」

 

 

「〇〇飲むかい?」

 

 

「〇〇食べるかい?」

 

 

「これ、おいしいよ、食べるかい?」

 

 

まぁ、私も親なんで、気持ちはわかりますけども。

 

 

お気持ちだけありがたく頂戴しました(冷たい娘)

 

 

夜は友達と楽しい時間を過ごし、お互い喋りまくりました。

 

 

 

 

 

二日目。

 

 

 

前日に母が「何か食べたいものはあるか?」というので

 

 

「お寿司」と答えたら

 

 

「いつも行列の回転寿司屋さんがある。お母さんも一度行ってみたかったからそこに行こう!」と。

 

 

「美味しくない回らないお寿司屋さんより、ずっとうまい」と評判らしく

 

 

実家から結構遠いところにあるそのお店へ、父、母と私の三人で車で向かいました。

 

 

「いつも行列」らしいので、開店の30分前には着くように早めに出ました。

 

 

早めに行ったので、待たずに入れましたが、あっという間に行列ができていました。

 

 

お寿司も評判通り美味しかったんですけど、まぁ、なんせ握ってる職人さんや

 

 

ホールのスタッフの方たちの感じがとても良かったです。

 

 

お寿司のレーンの中に握ってる職人さんが何人かいたんですけど、

 

 

それぞれの前にマイクがあって、うちらが座ると

 

 

「本日、担当させて頂きます〇〇です。よろしくお願い致します!」ってめっちゃ感じのいい笑顔。

 

 

な、なんや、これは・・・・最近の回転寿司ってこんなんですか?

 

 

 

20181125144819.JPG「海鮮爆弾」笑

 

それにしても、母、注文し過ぎ。

 

美味しいものは腹八分目でおさえたい私ですが、

 

もう、次から次へと、お寿司がぁぁぁぁぁ・・・・

 

最初は「わぁ~」とか言ってお寿司を受け取っていたのに

 

最後はもう無言。

 

お皿に残ったお寿司を三人で見つめ

 

父 「俺、一つ食べるから・・・」

 

母 「じゃあ、私も一つ食べるわ・・・」

 

私 「え、私も・・・?」

 

でも、なんとか完食。

 

ほんま、ひっさしぶりにこんなん食べた言う位、お腹パンッパン。

 

 

 

 

 

 

お腹が空かないまま夜になり、父の傘寿を祝う宴へ。

 

 

久しぶりに会ういとこや叔父もいて、賑やかで楽しい会となりました。

 

 

2018112515140.JPG父のお兄さんが、父に向って

 

「あんたさん、80か。いい年になったねぇ」みたいなことを言うてたんですが

 

そういうお兄さんは90。笑

 

兄弟元気で長生きで、何よりです!

 

お料理も美味しくて、お腹減ってなかったのに、食べられちゃったんですけど

 

それでもさすがに「もう・・・・お腹いっぱいだね・・・・」

 

「あと、どれだけ出てくるんだろうね・・・」

 

って、言ってから出てきたのがコチラです。

 

 

↓↓↓↓↓

2018112515330.JPGキンキの煮つけ、バーーーーーーン!!

 

 

2018112515557.JPGステーキ、バーーーーーーン!!

 

 

2018112515642.JPGいくら丼、ドーーーーーーーン!!

 

 

 

ほんと贅沢で罰当たりな話ですけど、限界でした。

 

 

 

90歳の叔父が一番、食べてました。

 

 

父には、みんなで旅行券をプレゼント。

 

 

参加できなかった、娘と夫からはセーターを。

2018112515941.JPG2018112515119.jpgみんなでパチリ。

 

 

 

 

思い出して書いてるだけで、お腹が苦しくなってきた(笑)

 

 

あと、も一回だけ続きます!!

 

 

 

 

 

 

 

帰省その③

毎度、久しぶりにピザトーストなんぞを食べたら

 

一口目で上あごをやけどした元お米屋の嫁でございますriceball

 

お腹が減っていたので、トースターから取り出して

 

お皿に乗せるまでもなくかぶりついたら、上に乗せたとろけるチーズが

 

ピッターーーーーーーーン!!って上あごに付着して、

 

 

 

ROCK YOU!!

 

 

 

ってなりました。

 

 

 

ほんまとろけるチーズにROCKされたわ。

 

 

あー、びっくりした。

 

 

 

 

 

さて。

 

 

帰省の話のつづきです。

 

 

父を驚かせるべく、段ボールの中で汗だくで待機していた私に聞こえてきたのは

 

 

兄の衝撃の一言。

 

 

 

「カッター、要る?」

 

 

 

「カ、カッター・・・・・?!」

 

 

思わず段ボールの中で声に出さず呟いたわ。

 

いや、要らんやろ、カッター。

 

今さっき貼ったばっかりのガムテープや。

 

すぐ、剥がせるやん。

 

正座の状態から上半身を前に倒していた私は、自分の背中の上にどれだけの余裕があるのか全くわからず

 

父が近づいてきて、カッターの刃を出す音が聞こえた時、恐怖はピークに。

 

 

20181122111753.jpg↑↑↑

この中で汗だくになっております。

 

 

しかし、覚悟を決めました。

 

例え、背中を切られようと、絶対に声は出すまい。

 

例え、流血しようとも、予定通りに計画を実行するのだ。

 

 

 

そして、上からギコギコとカッターで切る音が聞こえてきました。

 

20181122113954.png

ギコギコ

 

 

ギコギコ

 

 

明かりが差し込んできた。

 

 

今だっ!!

 

20181122114053.png

 

わーーーーーーーーーっ!!!

 

 

父、あまりにびっくりして後ろにジャンプしてました。

 

 

20181122114137.jpg20181122114227.png2018112211435.png父と二年ぶりのハグ。

 

 

幸い、背中を切られることもなく、サプライズは大成功!

 

 

協力してくれた家族のみんな、ありがとう!!

 

 

 

まだ続きます。

 

 

 

 

 

 

帰省その②

毎度、昨日めでたく48歳になった元お米屋の嫁でございますriceball

 

因みに今はKKY48でセンターつとめてます。

(KKY・・・串かつ屋)

 

 

年がいくにつれ「誕生日なんてめでたくねぇよ」という人もいますが

 

 

こうして元気にまた一つ年を重ねられたことはめでたく、ありがたいことでございます。

 

 

たくさんの方から「おめでとう」と言ってもらったり

 

 

プレゼントを頂いたり、本当に幸せでございます。

 

 

しばらくお酒とおつまみは買わなくて済みそうです(笑)

 

 

 

 

私は、昭和45年11月19日午後3時18分に

 

 

体重3300g、身長54cmでおんぎゃーとこの世に出て参りました。

 

 

父・恵、母・牧子の長女として、幼少期は不登校児でありながらも

 

 

気が付けばクラスの男子から「うっせんだよ!」と本気で怒鳴られるほどに明るく元気な子に育ちました。

 

 

これまで大きなケガ、病気もなく元気に過ごせてこられたのも

 

 

健康な体に産んでくれた父母のお陰と感謝しております。

 

 

いい48歳にしようと思います!!

 

 

 

 

 

さて。

 

 

すっかりQueenかぶれの私ですが、帰省の続きです。

 

 

スーツケースを二度忘れながらも、無事に実家のある旭川に到着。

 

 

朝の5時半に家を出て、旭川に着いたのは午後1時半。

 

 

韓国とかの方がよっぽど近い。

 

 

駅には弟が迎えに来てくれた。

 

 

 

いよいよここから構想期間10年の大計画が実行される時が来た!!

 

 

いや、うそ、構想期間一か月かな。

 

 

実は今回の帰省の目的は父の傘寿、そう80歳のお祝いをすること。

 

 

二年ぶりの帰省ということもあったし、ただ帰るんじゃ面白くないってことで

 

 

父には帰ることを内緒にしていた。

 

 

そして、ただ内緒で帰って驚かすだけじゃつまらないので、私は宅急便の荷物になることにした。

 

 

名付けて「宅急便からコンニチハ」大作戦だ。

 

 

時々、動画とかで見かけるベタなサプライズだけど、実際にやっている人を身近では見たことがない。

 

 

問題は、父に気づかれずにどうやって家の中に入りこみ、用意された段ボールに収まるかだ。

 

 

とりあえず、実家の近くに来たら家族に連絡をし、その時に父がどこにいるかによって考えようと思っていたのだが

 

 

兄が機転を利かせてくれていた。

 

 

私が実家に到着する時間に合わせ、父に檀家参りを一軒頼み出かけてもらうというのだ。

 

 

ナイス、兄!

 

 

弟の運転で実家に向かう途中、兄から「お父さん、もう家出たし」と連絡が入る。

 

 

これで、とりあえずは玄関から堂々と家に入れる。

 

 

母、兄、義姉が出迎えてくれる。

 

 

約二年ぶりの実家だ。

 

 

父は30分ほどで戻る予定だ。

 

 

実際に段ボールに入ってみて、リハーサルをする。

 

 

そして、時間はすぐにたち・・・・

 

 

 

 

 

 

ガレージのシャッターが上がる音がした。

 

 

父が帰ってきた!!

 

 

私はリビングに用意された段ボールに入り、硬い体を二つに折り畳んだ。

 

 

義姉がガムテープで封をしてくれた。

 

 

私は込み上げる笑いを必死で押し殺し、ひたすら段ボールの中で待った。

 

 

やがて、父の声がした。

 

 

父 「ただいまー」

 

家族 「おかえりなさーい」

 

 

 

兄 「なんか園子から宅急便届いたぞ」

 

 

父 「ん?」

 

 

兄 「なんかすっごい重たかったぞ」

 

 

父 「重たいの?」

 

 

父が近づいてくる足音。

 

 

もう、すでに段ボールの中で私は汗だく。

 

 

ハヤクアケテクレーーーーーー

 

 

兄 「カッター、要る?」

 

 

 

 

え?カッター?!

 

 

 

 

つづく・・・・

 

 

 

 

 

 

 

めちゃくちゃ良かった!!!「ボヘミアンラプソディー」

毎度、家にあるお菓子の量がすんごいことになっている元お米屋の嫁でございますriceball

 

 

我が家、お菓子を買いだめるという習慣がないので、

 

 

ほんっとに何もない時って、飴玉一つ、チョコの一かけらすらないことがあるんですけど

 

 

今、我が家はすごいです。

 

 

頂いたお菓子でいっぱいです。

 

 

ずっと口動かしています。

 

 

 

 

さて。

 

 

帰省の話題の途中なんですけど、どうしても間に挟みたい話題ができたので書きます。

 

 

昨日は休みだったので、映画を見に行きました。

 

 

今、話題のこれ。

 

 

20181119133645.JPG「ボヘミアン ラプソディ」

 

 

Queenのファンとかではないんですが、映画の宣伝を見た時に「観たい!!」って思って。

 

 

 

 

 

もうね・・・・・・

 

 

 

すんごく良かった。

 

 

 

最初の数分からずーーーーーっと鳥肌立ちっぱなし(略して、鳥っぱ)

 

 

すぐ、なりきってしまう私なんで、

 

 

気が付いたら、なんかもうQueenのメンバーになってたもん、私。

 

 

Queenに関して知ってることなんて

 

 

・「WE WILL ROCK YOU」とかの代表曲を数曲知っている

 

 

・ひげを生やしたランニング姿の人が歌っている

 

 

・フレディ・マーキュリーと言う名前は聞いたことがある

 

 

・その人はエイズで亡くなった

 

 

この程度しか知らなかったんですけど

 

 

昨日、映画を観て思ったのは、

 

 

「生きている間に、ちゃんと聞いておきたかった」と。

 

 

1991年に亡くなったので、私はもう成人していたんですけど

 

残念ながらリアルタイムで聞いていた記憶はあんまりなく。

 

 

 

 

もう、映画観ている最中、何回も一緒に歌いそうになったし(実際、小声で歌ってた)

 

 

何回も踊りだしたくなったし(実際、小さく踊ってた)

 

 

ほんま、最後のライブの時は、立ち上がりそうになったほど。

 

 

二席置いて隣に座っていたどんぴしゃでQueen世代なんだろうなぁ~と思われる、

 

 

私より少し年代が上の女性が、映画の間中ずっと泣いていたのが印象的でした。

 

 

特にファンだったとかでもない私ですら、もう心揺さぶられた位だから

 

 

そらファンだった人たちにはたまらない映画やと思います。

 

 

 

 

 

そして、昨日の夜はカラオケに行ったんですが、

 

 

すぐに影響される人がコチラです↓↓↓

 

 

20181119135418.jpg20181119135442.jpg2018111913568.jpg「ROCK YOU!!」のとこしか歌えなかったけど。笑

 

 

 

 

も一回、観に行こう!!

 

 

 

 

帰省その①

毎度、二泊三日の帰省でお正月並みに体重が増加した元お米屋の嫁でございますriceball

 

 

みなさん、こんにちは。

 

 

お久しぶりです。

 

 

13日から二泊三日で約二年ぶりに帰省してきました。

 

 

当分、この話題が続くと思われますので、どうぞ気長にお付き合いください。

 

 

 

 

出発当日の朝はめちゃめちゃ早く家を出ました。

 

 

伊丹発8時の飛行機だったので、まぁ7時過ぎには空港に着いておくとして

 

 

6時の空港行きバスには乗ろうと、家を出たのはまだどっぷり暗い5時半頃。

 

 

こんな朝早く暗い内にスーツケースをゴロゴロ引いて一人で歩いてたら

 

 

ご近所さんに

 

「あら・・・上田さんの奥さん・・・・家出??」って回覧板回されるんじゃないかと

 

気が気じゃありませんでした。

 

お米屋を閉めた時に「もしかして・・・・り・・・離婚?」と思われたらしいので

 

こんな姿を見られたら「やっぱり!!」ってならんかなぁ・・・って。

 

夜中の3時半頃に目が覚めてから、二度寝したら寝坊する自信しかなかったので

 

結局そのまま朝まで起きて、出発したもんだから

 

まぁ、頭が冴えない冴えない。

 

ぼーーーーーーーーっとしたままJRに乗り、

 

ぼーーーーーーーーーーーーっとしたまま空港行きのバスに乗り、

 

ぼーーーーーーーーーーーーーーーーーっと夜が明けていく様子を見ながら、

 

伊丹空港に着いたのは7時頃。

 

ターミナルに入って、荷物を預けるカウンターに並びました。

 

 

行列が進んでそろそろ自分の番って時に気が付きました。

 

荷物を預ける列に並んではいるけど、肝心の荷物がないことに。

 

バスに乗る時に預けたスーツケースがないことに。

 

 

 

 

はい、わたくし、あまりにぼーーーーーーーっとしておりまして

 

バスを降りた時にスーツケースを受け取らずにターミナルに直行した模様。

 

慌てて引き返し、さっき降りたバスターミナルに向かうと

 

係員の方が私のスーツケースを手に、辺りをキョロキョロしておられました。

 

「すみまてーーーーーーん。てへぺろ」

 

とは言わなかったものの、ほんまにヘラヘラしてたと思います。

 

 

 

恥ずかしやー、恥ずかしやー by萬斎

 

 

そうして頭がぼーーーーーーーーーっとしたまま飛行機に搭乗。

 

 

寝不足なので、機内では早めの段階で寝ていました。

 

 

スヤスヤsleepy スヤスヤsleepy グースカペー(どんな寝息や) 

 

 

 

****************************

 

 

 

やがて、二年ぶりに見る故郷の大地が見えてきました。

 

 

いつも帰省の度に思うんですけど、飛行機の窓から北海道の陸が見えてくると

 

 

ん~~~~、なんていうんでしょうか・・・・うまく言葉にできないんですけど・・・

 

 

「あー、帰ってきた・・・・・」って思います(そのまんま)

 

 

多分、故郷が遠い方はわかって頂けるかと。

 

 

千歳空港に着きました。

 

 

思ったより、寒くない!!

 

 

てか、雪、全くない!!

 

 

今年は雪が遅いみたいです。

 

 

千歳に着いて、そこからはJR。

 

 

札幌で一度乗り換えて、実家のある旭川へ向かいます。

 

 

201811170449.jpg

車窓からの眺め。

 

THE北海道!って感じです。

 

札幌での乗り継ぎの時間が40分ほどあったので、駅構内でお昼を食べることに。

 

お腹も満たされ、ホームへ。

 

 

 

私、鉄オタでもなんでもないんですけど、なんかコレ見たらちょっとテンション上がりました。

 

201811170558.JPGこういう表示の仕方って関西では見られない気がします。

 

ライラック、カムイ!

 

すずらんに宗谷!!

 

なんか、いいなーーーー

 

 

そして、12時丁度初のライラックに乗り込んだのが、出発の約5分前。

 

指定席の切符を両手で挟んで見ながら、席を探して通路を歩いていました。

 

 

 

その時。

 

 

気が付きました。

 

 

私、切符を両手で持ってる・・・・

 

 

両手が空いてる・・・・・・

 

 

 

 

 

ドゥーーーーーーーーーーン!!

 

 

 

 

 

スーツケースが、ナッシングーーーーーーーー!!

 

 

 

 

未だ目が覚めていない脳みそをフル回転させて記憶を巻き戻す。

 

 

どこだっ!!どこだ、どこだっ!!

 

 

さっきのお蕎麦屋さんに入った時にはすでになかった。

 

 

 

 

 

トイレだ!!

 

 

その前に入ったトイレだ!!!

 

 

「すみません、すみませんっ!!」と車内の人の列を逆走し、電車から降り

 

 

階段を転げ落ちるほどのスピードで駆け下りた。

 

 

幸い、昼食をとったお蕎麦屋さんは降りた階段の近くで

 

 

トイレもそのお蕎麦屋さんの近くだったはず・・・

 

 

えー、トレイ、トレイ・・・

 

 

 

あった!!

 

 

あそこだ!!

 

 

 

トイレの中に飛び込んで、奥に進むと・・・・

 

 

 

あった!!!

 

 

 

さっき、私が置いたままと思われる状態でスーツケースがあった。

 

 

むんずとスーツケースの持ち手を掴み、エスカレーターをかつてこんな速さで上ったことはないという位の

 

 

速さで段を抜かして駆け上がり、電車に乗り込み、息を切らして座席へ。

 

 

はぁはぁ言うてる内に、電車は発車しました。

 

 

ほんま、死ぬかと思った。

 

 

私がものすごい勢いでトレイに駆け込んだのを見た人は

 

 

「トイレ、間に合ったかしら?」と心配してくれたでしょうけど

 

 

おかげさまで、電車に間に合いました。

 

 

 

 

 

ほんま、我が事ながら笑いました。

 

 

あの瞬間、思い出してなかったらどうしてたんやろ。

 

 

そんなハプニングもあり、やっと目が覚めた感じでした。

 

 

 

そして、電車は実家のある旭川へ・・・・・

 

 

 

 

 

続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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